第21回 ルソー 社会契約論
皆様こんにちは、ぱすてーるです。今回もお読みいただき、ありがとうございます。
今回は、第17回でも少し触れたルソーの『社会契約論』の「一部を原文で楽しみたい」と思います。この書物が人類に与えた影響は、計り知れないものがあります。民主主義の源であり、市民革命を惹き起こし(国王が断頭台送りとなり!)、近代社会へとつながっていきました。第17回のブログでも触れましたが、「有史以来、人類の精神にもっとも大きな影響を与えた3冊の本」として、『聖書』『資本論』と並んで『社会契約論』を選ぶイギリスの学者もいたほどです。日本における自由民権運動の理論的支柱にもなっています。
今回は、本書のそのような歴史的、政治的な位置づけや、その後の影響などをおさらいしたり、詳細に検証するのではなく、あくまで「フランス語上達のために」原文を楽しむことに注力したいと思います。(なお、念のためお断りさせてください。私は政治的に中立であり、ほぼ無宗教です。特定の政治思想や宗教に肩入れしたり、読者の方を勧誘したりする意図は一切ございません。)
それでは、第1章から紹介します。和訳や訳注が多くなりますので、区別のため原文のみ斜体として下線を付しています。
(原文)L’homme est né libre, et partout il est dans les fers,
(和訳)人間は自由に生まれたが、至る所で囚われの状態にある。
(英訳)Man is born free, and everywhere he is in chains.
(訳注)
・né<naîitre「生まれる」の過去分詞。
・fersは複数形で「鉄鎖、束縛」→ être dans les fers「囚われの身である」。
なお、この一文は、「全ての人間は等しい権利を有する」というルソーの考え方として、世界人権宣言の第1条に反映されているそうです。J.J.ROUSSEAU “DU CONTRAT SOCIAL”, Livre de Poche, Édition 20-novemvre 2017,p.265)以下、世界人権宣言の第1条を英文と和文で引用します。
(Article 1)All human beings are born free and equal in dignity and rights. They are endowed with reason and conscience and should act towards one another in a spirit of brotherhood.
(第一条)すべての人間は、生れながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である。人間は、理性と良心とを授けられており、互いに同胞の精神をもって行動しなければならない。
(原文)Tel se croit le maître des autres, qui ne laisse pas d’être plus esclave qu’eux.
(和訳)自分が他人(≒被統治者)の主人であると思っているような者(≒君主)であっても、実はその人々(≒被統治者)以上に奴隷状態にあるのだ。
(英訳)Here’s one who thinks he is the master of others, yet he is more enslaved than they are.
(訳注)
・Tel「ある者は」。論文の冒頭でもありますので、ここでは支配する側=君主のことを、敢えて直接表現せずにぼやかして「Tel」と表現しているのかもしれません。岩波文庫の『社会契約論』(訳者:桑原武夫・前川貞次郎)p.15でも「~と思っているような者」と訳されています。
・se croit<se croire「自分が~だと思う」
・ne pas laisser de~「~せずにはいられない」「それでもやはり~する」→laisse d’être plus esclave qu’eux「eux(= 被統治者)以上に奴隷(状態)とならざるを得ない。」
(原文)Comment ce changement s’est-il fait ? Je l’ignore.
(和訳)どうしてこんな違い(変化)が作られてしまったのでしょうか。理由は分かりません。
(英訳)How did this change come about? I don’t know.
(訳注)
・s’est-il fait<se faire「作られる」の代名動詞の複合過去。代名動詞の複合過去形を作る際には、助動詞はêtreを使うため、s’estとなっています。êtreの三人称単数形に対応するestのeがseのeとぶつかるためs’となっています。
・Je l’ignore「わからない」。第18回ブログで紹介したヴェルレーヌの詩(良く見る夢)の9行目「Est -elle vrune, blonde ou rousse?^ Je l’ignore.」と同じ用法ですね。
(原文)Qu’est-ce qui peut le rendre légitime ?
(和訳)誰がこのような違い(変化)を正当(合法)なものにすることができるのでしょうか。
(英訳)What can make it legitimate?
(訳注)rendre:いわゆる英語の使役動詞make。「make+A+B = AをBにする」。
(原文)Je crois pouvoir résoudre cette question.
(和訳)私は、この疑問に答えることができると思います。
(英訳)I think I can ansewer this question.
以上、第1章の冒頭5行だけですが、原文と翻訳を付させていただきました。中高生の時に教科書で『社会契約論』を学ぶ方も多いと思いますが、原文に触れる機会は稀と思います。また、実際に原文に触れたとしても、中々ハードルが高いと感じられたのではないでしょうか。私自身もそう思います。
でも、本書がフランスや世界に与えたインパクトに鑑みれば、避けて通れないハードルなのかな、とも思います。たった5行ですが、緊張感が漂い、その後の部分で「そもそも論」が展開されることが予想される文章になっていると思います。ルソーの思想が「国家や政治に関するそもそも論」、つまり「政治哲学」と言われる所以なのだと思います。続きはまた、また別の機会に皆様と一緒に楽しみたいと思います。
なお、ルソーの社会契約論を「5分で理解」するためには、vicryptopixというサイトが図解と共に非常に分かり易く整理されていました。このサイトでは、”5分でわかるルソーの『社会契約論』- わかりやすく自然権や一般意志を解説”として、『社会契約論』の5つのポイントが以下のように整理されていました。
1.人間は「自然状態」では、自分の利益のみを追求する。
2.自分の利益のみを追求する本能に全ての人が従うと、自分の生存すら危ぶまれる。
3.そのため人間同士は社会契約を結ぶが、利害の調整は困難。
4.よって自らの意思を国家に譲渡して「一般意志」に従うべきとする。
5.選挙は直接民主制が理想とするが、様々な問題も存在する。
以上、ご参考としていただければ幸いです。
今回もお読みいただき、ありがとうございました。