第45回 ボードレール ~パリの憂鬱 ~
皆様こんにちは、今回もお立ち寄りいただき、ありがとうございます。
今回は、「巨人」ボードレールの散文詩「パリの憂鬱」を紹介します。全50編から成 る詩集の第一番目「異邦人」です。
押韻や母音の数の制限など、決まりごとの多い「詩」と、そのような決まりごとの無い「散文」という言葉の合成語である「散文詩」というのは、一見すると言語矛盾のような 気もします。
「悪の華」のような定型詩に比べると、定型が無い散文詩は、フランス語理解のハードルも低くなることは容易に予想いただけると思います。論より証拠、その予想が正しいことを、楽しみつつ味わっていただければと思います。
ただ、どんなに正確な翻訳であったとしても、文字ずらだけを追いかけていると何だか 訳が分からなくなってしまいます。そこで、フランスのバカロレア対策サイトにあった「解釈の手助け」となる解説文をお知らせします。
この解説文は、ある意味「種明かし」になってしまいますので、最初に解説文を読まずに、フランス語と和訳の全編を読んでいただいた後に、お読みいただければと思います。
L’étranger (異邦人)
“Qui aimes-tu le mieux, homme énigmatique, dis ? ton père, ta mère, ta sœur ou ton frère ?
◎君が一番好きなのは何だい?謎に満ちた男よ、言ってごらん。君のお父さん?お母さん?妹?それとも弟かい?
(訳注)
・le mieux:副詞bien(上手に)の優等比較級であるmieux(より良く)に定冠詞leが付くと、「最もよく」「最も上手に」(優等最上級)
・énigmatique:謎を含んだ、不可解な、不思議な
– Je n’ai ni père, ni mère, ni sœur, ni frère.
◎私には父も、母も、妹も、弟もいない。
– Tes amis ?
◎君の友達?
– Vous vous servez là d’une parole dont le sens m’est resté jusqu’à ce jour inconnu.
◎あたなたは、今日まで私が意味を知らない言葉を使っているようですが。
(訳注)
・vous servez de~ <se servir de~を使う、利用する、(料理を)自分で取り分ける、自分で選ぶ、(chez,dans~で)買う、(飲食物が)出される
・dont:le sens d’une paroleのd’une paroleをdontで受けている。
・sens:意味、感覚、意義、方向
・inconnu:未知の、面識が無い、名前(素性)が分からない、未経験の
– Ta patrie ?
◎君の祖国かい?
– J’ignore sous quelle latitude elle est située.
◎ 祖国というものがどこにあるのか、私は知りません。
・ignorer:知らない (英語のignore「無視する」とは少し意味が違います。)
・latitude:緯度、行動の自由(avor toute latitude de~全く自由に~できる)
– La beauté ?
◎美しいもの?
– Je l’aimerais volontiers, déesse et immortelle.
◎もし美しいものが、女神であったり、不死のものであるならば、私は喜んで好きになるでしょう。
(訳注)
・aimerais<aimerの条件法現在形。aimerais単独であれば「語調緩和」とも解釈できますが、そうすると次の「déesse et immortelle」の解釈に行き詰まってしまうと思います。ここは、Je l’aimerais volontiers, si la beauté était déesse et immortelle.の「si la beauté était」が省略されていると考えれば、自然に解釈できると思います。
・volontiers:よろこんで、進んで、ともすれば
・déesse:女神、(女神のように)優美な女性
・immortelle<immortel:不滅の、不朽の、永遠の
– L’or ?
◎財産?
– Je le hais comme vous haïssez Dieu.
◎私はそれが嫌いです、あなたが神を嫌うように。
(訳注)
・le:orを指す
・hais・haïssez<haïr:「憎む」「嫌う」「恨む」の直説法現在形(各1人称単数形、二人称複数形)
– Eh ! qu’aimes-tu donc, extraordinaire étranger ?
◎ いやはや、いったい君は何を好むんだい?途方もない異邦人の君よ。
(訳注)
・extraordinaire:驚くべき、異常な、並外れた、素晴らしい
– J’aime les nuages… les nuages qui passent… là-bas… là-bas… les merveilleux nuages !”
◎私が好きなのは、雲です。そう、あちらに移り行く、素晴らしい雲が好きなのです!
以上が全文です。「定型詩」よりも近づきやすいのではないでしょうか。その一方で、何と言えば良いのでしょうか、「狐につままれた」ような感覚にも襲われます。
この「文字では分かったような、分からないような」感覚に対する回答の手がかりが、フランスの大学受験用と思われるサイトにありました。以下、紹介させていただきます。
<作品の特徴>
-Contraste entre questions et réponses (質問と返答のコントラスト)
-parfois brutales, raccourcies jusqu’au monosyllabe avant de s’étirer à nouveau,à la fin(ときどき粗暴な、単音節の短い言葉が続き、最後には再び長い言葉が展開)
-réponses toujours en contradiction avec les questions, les niant fortement(質問を強く否定するために、質問に対しいつも矛盾した返答)
– tutoiement du questionneur et vouvoiement de l’étranger (質問者が「君」=tutoiementで問いかけるのに対し、異邦人は「あなた」=vouvoiementで返答)
=> Interprétation : refus de la familiarité, désir de maintenir une distance, entre le moi et les autres.(=>解釈:親密さの拒否、「自分」と「他者」との距離を保とうとする願望。)
Conclusion(結論)
-L’étranger revêt une forme prosaïque en apparence, mais en réalité très structurée et vivante, un exemple réussi de poème en prose.
(この「異邦人」という作品は、一見すると月並みな形式であるように見える。しかし実際には、非常にしっかりと構成された、生き生きとした詩であり、「散文詩」の成功例である。)
-Un langage d’une extrême simplicité, mais riche de sens. Une définition du poète et de son sentiment moderne d’étrangeté face aux autres et au monde.
(極めてシンプルではあるが、豊かな意味をもつ言葉を用いている。他者や世の中に対峙した時に、詩人が奇妙に感じた現代的な感覚を明確化している。)
-Dans ce premier poème du recueil Le Spleen de Paris, Charles Baudelaire énonce la plupart des thèmes importants
(散文詩Le Spleen de Parisの最初の詩の中で、ボードレールは、例えば次のような重要なテーマの大半を打ち出している。
– la solitude face aux autres, (他者に対峙した際の孤独)
– le mépris du matérialisme de la réalité, du vil intérêt, de l’or,(現実世界の物質主義(実利主義)や下劣な私利私欲、富)
– la quête difficile, vaine, de la beauté,(美の探求の困難さと虚しさ)
– l’absence d’un univers réel, appartenant au poète : la patrie,(詩人に属する現実世界の欠落:祖国)
– le goût, la passion vitale, pour l’évasion, le voyage, les nuages.(好み、生死にかかわるほど重要な情熱、逃避、旅行、雲)
今回は以上となります。お付き合いいただき、ありがとうございました。