第39回 ジャック・プレヴェール 『パロール』

第39回 ジャック・プレヴェール 『パロール』Jacques Prévert “Paroles”

  皆様こんにちは、本日は映画作家でもあり詩人・作詞家でもあるジャック・プレヴェールの素敵な詩を紹介します。有名なシャンソン『枯れ葉』の歌詞を書いた詩人です。また、映画好きな方でしたら、彼が脚本を書いた『天井桟敷の人々』もご存じかと思います。

 彼が書き溜めた詩、散文、メモなどをまとめた『Paroles』(パロール:ことば)という書物から、4つの詩を引用します。一読してお分かりいただけると思いますが、彼の作品は「メモ」とさえいえるようなものも含んだ、かなり自由な形式の詩です。ですから、フランス語を学び始めた方も気軽にお読みいただける、シンプルな単語が多く使われています。何もボードレール、ヴェルレーヌ等の文学史に名を残す大詩人だけが詩人という訳ではないことが、実例として理解いただけると思います。

1)プレヴェールと言えば、、、

 私にとりまして、プレヴェールと言えば『枯れ葉』そして『バルバラ』の詩人です。

『枯れ葉』は余りにも有名なシャンソンですから、敢えて紹介は控えておこうと思います。一方、『枯れ葉』と同様に、フランスを代表する歌手イヴ・モンタン(1921年- 1991年)が歌うシャンソンとしても有名な、『バルバラ』(Barbara)という詩があります。

 この詩は、第一次世界大戦で生き別れになった男女を題材にした、美しい叙事詩のような作品ですが、『枯れ葉』が別離のみを歌った詩であるのに対し、『バルバラ』は別離を描きつつ戦争の愚かさにも言及した、大変素晴らしい詩です。(何度暗唱したことでしょう。)次のようなシンプルなフランス語で始まります。

Rappelle-toi(注1) Barbara

(バルバラ、思い出してごらん。)

Il pleuvait(注2) sans cesse(注3) sur Brest ce jour-là 

(あの日、ブレスト港には、雨が降りやまなかった。)

Et tu marchais souriante

(君は微笑みながら歩いていた。)

Epanouie ravie ruisselante

(喜びに満ち溢れ、嬉しそうに、目を輝かせながら。)

Sous la pluie

(雨の中を)

Et je t’ai croisée rue de Siam

(私はSiam通りで君にすれ違ったのだった。)

Tu souriais

(君は微笑んでいた。)

Et moi je souriais de même(注4)

(そして私も微笑んだのだった。)

Rappelle-toi Barbara

(バルバラ、思い出してごらん。)

Toi que(注5) je ne connaissais pas

(私は君のこをは知らない。)

Toi qui(注6) ne me connaissais pas

(君は私のことを知らない。)

(訳注)

注1) Rappelle-toi:Rappeler(呼び出す)の代名動詞 se rappelerの命令形。

注2) pleuvait:pleuvoir(雨が降る)の半過去。過去における動作の継続を表す。

注3) sans cesse:休みなく

注4) de même:~も同様に

注5) Toi que:je ne connaissais pas(私は知らない)の目的語がToi。私はあなた「を」知らない(英訳:You whom I did not know)。

注6) Toi qui:Toiはme connaissais pas(知らない)の主語。あなた「は」私を知らない(英訳:You did not know me)。

 映画のワンシーンのような始まり方の詩ですね。続く全文の文法解説につきましては、後日に譲らせていただき、続いてジャック・プレヴェールらしさが伝わる別の詩を紹介します。

2)「DIMANCHE」 (日曜日)・「LE BOUQUET」(花束)

 プレヴェールの詩はシャンソンの歌詞になるくらいですから、どれほど身近で民衆に愛された詩人であるかが容易に推測がつくのではないでしょうか。例えば次の3つの詩も、プレヴェールらしさが表れている詩だと思います。

       DIMANCHE (日曜日)

Entre les rangées(注1)d’arbres de l’avenue des Gobelins

ゴブラン通りの並木の間に、

Une statue de marbre me conduit par la main

私を手招きしする大理石像がある。

Aujourd’hui c’est dimanche les cinémas sont pleins

今日は日曜日。映画館は人でいっぱいだ。

Les oiseaux dans les branches regardent les humains

小鳥たちは、枝の上から人々を眺めている。

Et la statue m’embrasse mais personne ne nous(注2) voit

そして、大理石像は私を見下ろしています。でも、誰も私達を見ていないのです。

Sauf un enfant aveugle qui nous montre du doigt(注3).

ただ一人、私達(私と大理石像)を指差す盲目の幼児を除いて。

(訳注)

注1)rangée:列

注2)nous : 私と大理石

注3)montrer du doigt : ~を指差す、~を公然と非難する

                  LE BOUQUET(花束)

Que faites-vous là petite fille

(小さなお嬢さん、そこで何をしているんだい?)

Avec ces fleurs fraîchement(注1) coupées(注2) 

(摘み立ての花束を持ちながら)

Que faites-vous là jeune fille

(お嬢さん、そこで何をしているのですか?)

Avec ces fleurs ces fleurs séchées(注3) 

(ドライフラワーを持ちながら)

Que faites-vous là jolie femme

(美しいお姉様、そこで何をしているのですか?)

Avec ces fleurs qui se fanent(注4) 

(色褪せた花束を持ちながら)

Que faites-vous là vieille femme

(お年寄りの貴女、そこで何をしているのですか?)

Avec ces fleurs qui meurent

(しおれてしまった花束を持ちながら)

J’attends le vainqueur(注5).

(わたしは勝利者の男性が現れるのを待っています。)

(訳注)

注1)fraîchement:新しく、最近➡形容詞coupées(摘み取られた)を修飾する副詞

注2)coupées:切り取られた

注3)fleurs séchées:ドライフラワー 

注4)se fanent:faner(しおれさせる、乾燥させる)➡se faner代名動詞「しおれる」 

注5)vainqueur:勝利者➡詩の中に登場する女性達からの愛情を勝ち取った男性、という意味なのでしょうか。皆様はどう解釈されますか。解釈は自由だと思います。

            L’AUTOMNE(秋)

Un cheval s’écroule(注1) au milieu d’une allée

並木道の真ん中に出てきた一頭の馬。

Les feuilles tombent sur lui

落ち葉が馬の背中の上に落ちてゆく。

Notre amour frissonne(注2)

私達の愛は震えています。

Et le soleil aussi.

太陽も、同じです。

(訳注)

注1)s’écrouler<écrouler(水などが)流れ出る、(人並などが)流れ出る、の代名動詞。

注2)frissonner:震える、身震いする、(木の葉などが)うち震える

3)結論:

 いかがでしたでしょうか。スナップショットのような、映画のワンショットのような素敵な詩です。frissonner(震える)をどう解釈するかが、この詩のやや難しいところであり、また、面白いところでもあるように思われます。

 以上のプレヴェールの詩をお読みいただくことによって、ボードレール、ヴェルレーヌのような文学史上に名を残す詩人だけが詩人という訳ではないことが分かると思います。フランス語という「ことば」の音、それらを繋ぎ合わせることにより、醸し出される詩情を楽しむという点では、「上級詩人」も「庶民詩人」も無いと思います。

 この点は、実は、日本の詩でも同じ、更に言えば世界中の詩に共通して言えることだと思います。長い時間をかけ、親から子へ受け継がれた「ことば」を大切にし、その「ことば」が醸し出す余韻を楽しむこと。それぞれの国や地域の「ことば」が最も美しく、高い純度で紡ぎだされているのが「詩」というものであること。「ことば」である「詩」が、まるで映画や写真のワンショットを映し出すカメラの様に、「詩人」が目にした光景を追体験させてくれること。プレヴェールの詩は、そのようなことをあらためて認識させてくれる詩だと思います。

 本日もお読みいただき、ありがとうございました。

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