第72回 テーマ別(10)ラ・ロシュフコー箴言集 「美徳」

第72回 テーマ別(10)ラ・ロシュフコー箴言集 ・ 美徳

 本日は、ラ・ロシュフコーの「テーマ別」箴言シリーズ 第67回の続きとして、「美徳」(vertu)をテーマとした箴言をご紹介します。全部で18個の箴言のうち、今回は3つ(番号25・31・38)をお送りします。フランス語文左側の( )内の数字が箴言番号、◎が和訳です。

  他の「テーマ」についてもそうですが、初回はテーマ分類を実施されたJean-Marie André氏による「巻頭言」のようなものからご紹介します。今回も、フランス語を学びながら、同時に時代を超えた英知についても学びを深められます。それでは、お楽しみください。

<引用はじめ>

La vertu : l’hypocrisie est un hommage que le vice rend à la vertu

◎美徳について:偽善は、悪徳が美徳に対して贈る献辞である。

(訳注)

・vertu:美徳、美点、(文学的表現で)徳、(古い表現で)貞淑・貞操

・hypocrisie :偽善、ねこかぶり、偽善的行為

・hommage:尊敬の念、敬意、尊敬(感謝)のしるし、贈呈、謹呈、(多く複数形で)男性から既婚女性への敬意・あいさつ。「rendre hommage à ~」~に敬意を表する、たたえる。

・vice :(古い表現で)悪徳、悪習、悪癖、背徳、変態、欠陥、不備

・rend<rendre:rendre A à B「AをB(人)に返す、取り戻させる」「A(直接目的語)をB(属詞)にする」、(食べたものを)吐く、表現する、(土地・木などが作物を)産する、(判決を)下す、(城などを敵に)明け渡す。英語のgive back、make。                                                                  

➡ 簡潔で凛とした警句だと思います。偽善と悪徳が、一緒になって「美徳」に対し甘いささやきをすることがある、だから騙されないように注意しよう、ということですね。

  宮廷内での権謀術数のせめぎあいの中に身を置いていると、「美徳」のお面をかぶった「悪徳」に出くわす場面も少なからずあったのだと思います。ラ・ロシュフコーの頭の中には、どのような事例があったのでしょうか。

(25) Il faut de plus grandes vertus pour soutenir la bonne fortune que la mauvaise.

◎良い運命を維持するためには、悪い運を維持するよりも、はるかに多くの美徳を必要とする。

(訳注)

・soutenir:支える、活力を与える、励ます、支援する、擁護する、主張する、維持する。

・fortune:財産、富、資産、大金、(文学的表現で)運・運命・偶然、(多く複数形で)富豪

・mauvaise:悪い、まずい、(体調が)悪い、劣った、いやな、悲しい、意地が悪い、(質が)悪い、(作品が)下らない。女性名詞fortuneを修飾するため、末尾にeがついている。

➡「幸運は、美徳によって支えられている」という考え方ですね。「悪徳を減らせば幸運に恵まれる」という訳ではありませんが、襟を正して謙虚にならないといけない、と感じさせてくれる名言です。

(31) Si nous n’avions point de défauts, nous ne prendrions pas tant de plaisir à en remarquer dans les autres.

◎もし我々に欠点が全く無かったならば、他人の中に欠点を見つけることにそれほど喜びを覚えることはないであろう。

(訳注)

・avions ~, prendrions:「avions(avoirの半過去), prendrions(prendreの条件法現在)」で「現在の事実に反する仮定」(英語の仮定法)。「我々は欠点を持っている」という現在の事実に反する仮定をしている。

・point de:(文学的表現でneとともに)少しも~ない

・défauts:欠点、欠乏

・tant de~ :それほど多くの、(願望の強調)とても・切に

・plaisir :喜び、楽しみ、(多く複数形で)快楽

・en:remarquer des défauts (dans les autre)のdes défautsをenで受けている。

・remarquer:気づく、注目する、指摘する。

➡これは本当に耳の痛い話です。日本には「人の振り見て我が振り直せ」ということわざがありますが、300年以上の時を隔てて、「他人の非をとがめる前に、自分の非を見つめなさい」と言われている気がします。

 時の経過によっても全く陳腐化しない、本当に素晴らしい「生きる知恵」だと思います。「フランスの」というより、「人類の」知恵と呼ぶにふさわしい警句です。

(38) Nous promettons selon nos espérances, et nous tenons selon nos craintes.

◎我々は、自分が期待することに基づいて約束し、自分が恐れることに基づき約束を実行する。

(訳注)

・promettons<promettre:約束する、請け合う・確言する、(物が主語で)予想させる、見込みがある。

・selon :~に従って、(人の意見・判断など)によれば、~見ると ~に応じて。

・espérances:希望、期待、期待の的(espoirの方がより日常的に用いられる)、(複数形で)当てにしている遺産、(キリスト教)望、望徳(foi、charitéと並ぶ神徳)。

・tenons<tenir:(他動詞で)持つ・つかむ・経営する・(役目を)担当する (自動詞で)ぐらつかない、頑張る、長続きする、(入れ物・車などに)収まる、入る。ここでは、「約束を実行する」と訳しました。

・craintes:恐れ、不安、(複数形で)心配・危惧

➡この箴言は少し分かり辛いですね。前半の「期待に基づいて約束する」の意味は分かるのですが、後半の「恐れに基づいて約束を実行する」の意味が分かり辛いです。日常生活においては余り想定されないように思います。

 もしかすると、政治的な駆け引きの場面を想定しているのでしょうか。確かに「約束を果たさないと、自分の領土や財産が侵害される」というような場面は、宮廷生活や軍隊においては想定されます。

 以上、本日もお読みいただき、ありがとうございました。

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