第34回 ドビュッシー 歌曲『ボードレールの5つの詩』

 皆様こんにちは、ぱすてーるです。本日もお読みいただき、ありがとうございます。

 本日は、「フランス語上達の秘訣」一つの秘訣である「惚れる」ことの一例として、「音楽」をテーマにお話しをさせていただきます。結論から申し上げますと、「音楽」の世界においても、フランス語に「惚れる」きっかけがあることにつき、触れたいと思います。

 第4回ブログで「ビートルズ」が大好きと書きましたが、実は音楽との付き合いはフランス語との付き合いよりも長いのです。中学校の頃からアコースティックギターで「TAB譜」と呼ばれる、ギターの6本の弦の上に指で押さえるフレット番号の数字を直接記入した「アンチョコ」楽譜と格闘し、ひたすら暗譜していました。

 ビートルズから始まった音楽とのつきあいは、その後クラシックにも広がりました。最初のブログで、パスカルに「すがっていた」と申し上げましたが、実は、もう一つ「すがって」いたものがあります。それが音楽です。詳しくはまた別途、触れさせてください。

 「フランス語上達」との関係で、「音楽」について語らせていただくとすれば、ドビュッシーの『ボードレールの5つの詩』を真っ先に挙げたいと思います。歌はバーバラ・ヘンドリクス、ピアノ伴奏はミッシェル・ベロフ。少々大袈裟とな表現をさせていただければ、これは「奇跡」とさえ言える傑作ではないか、と今でも思っています。

 歌詞がもともと、「奇跡的な」完成度のボードレールの詩であるせいもあるとは思います。そうではありましても、普通は、どんなに有名な詩であっても、ここまで美しいメロディーを伴う詩を知りません。(ただ単に、私が知らないだけなのかもしれませんが。)

 例えば、ドビュッシー以外のフランス歌曲では、ヴェルレーヌの詩を用いたフォーレの歌曲もあります。元々の詩が素晴らしいのはドビュッシーの『ボードレールの5つの詩』と同様ですが、メロディーとなると、「あと一歩」の感があります。

 フランス以外でしたら、例えばシューベルトの歌曲『アヴェ・マリア』『楽に寄す』などがありますが、これらの歌曲は、歌詞自体の美しさというよりは、メロディーそのものの美しさが圧倒的と思います(ドイツ語を読めないため、不正確な点はご容赦いただきたくお願いします)。メロディーだけを取り上げれば、『ボードレールの5つの詩』よりも美しいとさえ言えるかもしれません。

 つまり、「詩」と「メロディー」が共に美しい歌曲というのは、稀なのではと思う次第です。自己反省的に申し上げれば、ボードレールの5つの「詩」が余りにも好きであるせいで、「メロディー」も人が普通に感じる以上に「ひいき目」に感じている節もあるかもしれません。

「5つの詩」の1曲目は、ピアノ伴奏の導入部自体も華やかな始まりですが、何と言っても圧巻は、5曲目のRecueillement(沈思)です。奇跡のソネットです。思想的にも類まれな深みを持つこの素晴らしい詩に、まさかメロディーがつくとは。。。信じられません!!!以下、詩の最初の4行を引用させていただきます。

<引用はじめ>

Recueillement

Sois sage, ô ma Douleur, et tiens-toi plus tranquille.

賢くあれ、我が苦悩よ。そして、大人しくしているのだ。

Tu réclamais le Soir ; il descend ; le voici :

お前は夜を求めていた。望み通り、夜のとばりが降り、ここにある。

Une atmosphère obscure enveloppe la ville,

重苦しい空気が、街を覆う。

Aux uns portant la paix, aux autres le souci.

或る者には平和をもたらし、或る者には心痛をもたらしながら。

<引用おわり>

この最初の4詩行だけからでも、ボードレールの研ぎ澄まされた感受性と表現力を感じられないでしょうか。独特の張り詰めた空気感。。。3行目のUne atmosphère obscure enveloppe la ville「苦しい空気が、街を覆う」や、4行目のAux uns portant la paix, aux autres le souci「或る者には平和をもたらし、或る者には心痛をもたらしながら。」の部分など、夕暮れ時の鬱々とした気分を何度慰められたことでしょう。

 翻訳についてですが、obscurの直接的な訳は「薄暗い」ですが、atmosphère obscureを「薄暗い空気」と訳すのも何だか変な感じがします。「空気」は「薄暗い」のではなく、「重苦しい」「暗澹とした」「不吉な」などと訳すほうが日本語としてはしっくりするような気がします。atmosphère obscureをsombreと解釈しているフランスのサイトもありました「bacdefrancais.net」という大学受験用と思われるサイトです。良かったらご覧になってみてください。(※本ブログは、人様の翻訳に意見することを目的とはしておりません。私が好きな詩を、私の好みで自由に翻訳する場合に、大きな誤りが無いかどうかを自分で確認しているだけですので、ご了承いただければと思います。)

<この曲を初めて聴いた時>

 この曲を初めて耳にしたのは、高校または大学浪人時代。FMラジオを「エアチェック」(注:洋楽をFMでカセットテープに録音すること)していたころです。

 忘れもしない、番組の解説者の方は、音楽評論家の「中川原理」さん(1931年11月4日 – 1998年4月3日、作家・中河与一の次男。平明で的確なクラシック音楽評で知られた方)。5曲を一通り聴き終えた時には、体が震える感動を覚えていました。曲の終了後、暫く「空白」のようなものがあったと思います。すると、解説者がおもむろに、「正直、この曲がこんなに美しく聴こえたのは初めてです」と言われたのです。

 声楽曲以外の器楽曲の場合でも、例えばピアノやヴァイオリンの独奏や四重奏などの場合であっても、演奏者の力量・経験・表現力などの違いにより、同じ曲とは思えないほど異なることがよくあります。この「ボードレールの5つの詩」も同様ですが、この曲に関しては、バーバラ・ヘンドリクスとミッシェル・ベロフのペア以外による演奏を聴きたいと思ったことがありません。それほど、強く印象に残る名演です。なお、バーバラ・ヘンドリクスは、米国出身で数学や化学の学位も保有しているそうです。人権活動などの社会奉仕にも熱心で、現在はスウェーデン国籍を取得しているそうです。日本の音楽家で、サイエンスの学位を持つ方というのは、聞いたことがありません。

 少し長くなってしまいました。今までのブログでは何度か、「フランス語上達の秘訣」の一つは「惚れること」であると述べて参りました。今回のブログでは、「惚れる」対象はフランス語で書かれた名作・名詩だけではなく、「音楽」もそのきっかけになるということを話させていただきました。

 本日もお読みいただき、ありがとうございました。

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