第56回 ユーゴーのラブレター (1) Adèle Foucher
皆様こんにちは、本日もお立ち寄りいただき、ありがとうございます。
本日は、第53回に続きラブレターシリーズです。文豪Victor HUGOの妻で、彼との間に5人の子供を授かったAdèle Foucher宛てのものです。
ナポレオンの恋文は、官能的で歯の浮くような気恥ずかしい表現が目立ちました。一方、ユーゴーの恋文には、さすが文豪、もう少し抑制の効いた、精神性が感じられる内容です。でも、いずれにしても「陶酔して前のめり」である様子が伝わる点では、英雄も文豪も、同様ですね。
<引用はじめ>
Lettre d’amour de Victor Hugo à Adèle Foucher
Voici le premier moment de joie de toute cette journée : je t’écris.
◎いま一日が始まり、最初の歓喜のただ中で君に手紙を書きます。
Adèle, il me semble qu’il y a un siècle que je ne t’ai vue.
◎アデル、まるで君を見ないようになってから1世紀が経ったかのようです。
Je ne puisse figurer qu’hier à pareille heure je fusse encore près de toi.
◎ 私は、昨日そんな時間になってもまだ君のそばにいたことを表現することができません。
(訳注)
・puisse<pouvoirの接続法現在形。通常は、非人称構文(仮主語の il を使った文)で
Il semble que~ (~のように思われる)と一緒に使われます。ここではIl me sembleが省略されていると考えられます。アデルに惚れ込んでいるユーゴーの頭の中が「混乱」しているような印象を受けます(実際、後段にtoutes mes idées restent confusesとの表現があります)。
・figurer:描く、表現する
・pareille:同じ、似たような、このような、こんな
・fusse:êtreの接続法「半過去」。主節が過去(ここでは直前のhier=昨日)であるため、主節と同時のことを述べる場合でも、接続法の時制が「半過去」になっています。英語の「時制の一致」と同じですね。ただし、日常会話や文章では、接続法「半過去」も接続法「現在」で表現されるようです(本文のje fusseであればje sois)。
Hier, j’étais bien heureux ! Ô quand donc tous mes instants ; tous !
◎昨晩、わたしは幸せでした。ああ、あらゆる一瞬!
(訳注)
・instants( :瞬間、一瞬、つかの間。Quand(~する時)という接続詞が使われているのに、その後は名詞のみで動詞が省略されています。高まる感情を表現した結果なのだと思います。
Se passeront-ils ainsi ? Quand serai-je ton compagnon de tous les jours ? Quand pourrai-je veiller sur toutes les heures de ta vie, sur toutes les heures de ton sommeil ?
◎これからも「つかの間のひととき」は昨晩のように過ぎてゆくのでしょうか。いつになったら、私は君の「毎日の連れ合い」になれるのでしょうか。いつになったら私は、君の全ての時間や、君が眠りについている時間を見守ることができるのでしょう。
(訳注)
・Se passeront < se passerの単純未来形。Ils=instants(男性名詞・複数形)。(事が)起こる、行われる、(時が)過ぎる。
・veiller sur~:~を注意深く見守る、世話をする。
Chère amie, il me semble que plus cette heureuse et mille fois heureuse époque approche, plus mon inquiète impatience redouble !
◎愛しい友よ、このきわめて幸福な時期が近づけば近づくほど、私の不安な、待ちきれない気持ちが募るばかりです。
(訳注)
・plus~plus:
・mille fois:強調的表現 例)Merci mille fois「千回感謝→大変ありがとうございます」
・époque:時代、(個人・社会の)時期。ここでは、結婚後の時期を指していると思われます。
・approcher:近づける、s’approcher de ~に近づく
・inquièt:inquiet(心配している、気がかりな)の女性形。
・impatience:待ちきれない思い、いらだち、忍耐のなさ。
・ redouble:二重にする、繰り返す、一層強まる、募る。
Si tu savais tout ce qui passe dans mon âme quand je songe à toi, à l’immense félicité qui me viendra de toi !
◎ああ、私が君のことを思うときに、君から私にもたらされる無上・無限の喜びのことを思うときに、私の心の中を過ぎ去る全てのことを君が知ってくれていたらなら!
(訳注)
・songer à~:~のことを思う
・immense:広大な、莫大な、無限の
・félicité:無上の喜び、(宗教上の)至福、(複数形で)幸せ、喜び
・Si tu savais~:savaisはsavoir(知る)の半過去形。通常は、この「Si~半過去」(従属節)に続いて、「~だったのに」(主節)を表す条件法現在形が続きます。いわゆる「現在の事実の反する仮定」。例)Si j’étais jeune,je ferais le tour du monde(もし若かったならば、世界一周旅行をするのになあ。)ここでは、従属節の「si~半過去」だけとなっています。ユーゴーの「はやる気持ち」がうかがえます。
Je cherche en vain des mots, toutes mes idées restent confuses et ma tête n’est plus qu’un chaos d’amour, d’ivresse et de joie.
◎私は(自分の気持ちを表現する)言葉を探しましたが無駄でした。あらゆる概念が混乱し、私の頭の中には、もはや愛・陶酔・歓喜しかありません。
(訳注)
・en vain:無駄に
・idées:思い付き、着想、およその見当、概略、考え、思考、思想、観念、概念、理念
・restent < rester~:~の状態のままである。confuse
・confuses <confus:雑然とした、混乱した (女性名詞idéesの複数形に対応し、語尾にesが付いている)
・n’est plus que~:もはや~に過ぎない (st(<être)は、「~がある」
・ivresse:酔い、酩酊、酔いしれること、夢中、忘我、恍惚状態
Je crains, en vérité, que le jour où je pourrai m’écrier à la face de tous les hommes : elle est à moi, entièrement, uniquement et éternellement à moi ! Oui, je crains que ce jour-là mon être ne se brise de bonheur.
◎本当のことを言えば、「彼女は完全に、永遠に、私ひとりのものなのだ!」と全ての男性に向かって大声で叫べる日のことを懸念しているのです。そうなのです、そのような日が来て、私という存在が幸福によって砕け散るのを恐れているのです!
(訳注)
・crains<craindre:恐れる
・en vérité:本当に、確かに、実のところ、実際は。
・m’écrier :大声で言う、叫ぶ
・à la face de~:~を前にして、~に向かって
・elle est à moi:「彼女は私のものだ」→このàは所属を表す。例)ce parapluie est à moi「この傘は私のものです。」
・uniquement:もっぱら、ひたすら、ただ単に。
・se briser:壊れる、割れる、砕ける、(心が)痛む、くじける、打ち砕かれる、挫折する←briser「壊す」「打ち砕く」「落胆させる」の代名動詞。
Victor Hugo
<引用おわり>
いかがでしたでしょうか。第53回のナポレオンの恋文からも、今回のユーゴーの手紙からも、「陶酔して前のめり」の様子が伝わると思います。
どちらも「昨晩の陶酔」を踏まえていますが、ナポレオンの恋文がやや官能的であるのに対して、ユーゴーの恋文には、もう少し抑制の効いた、精神性が感じられます。さすがは文豪ですね。
ナポレオンの恋文もそうでしたが、今回の手紙にも日付や詳細な場面に関する解説がありません。それらを敢えて省くことによって、手紙の「純度」、あるいは「普遍的な価値」のようなものが高まっていると思います。
本日もお読みいただき、ありがとうございました。